軽く前置き
俺が高校2年の時の話
一人暮らしで電車通学の空手部ホモ
肩幅もあって筋肉もそこそこついてチョイゴツ目体型
ノーパン派で学生服でもパンツは履いてなかった
学校行くときもちんぽリング嵌めてた変態高校生
ガチムチマッチョで股間がかなりもっこりしてる空手部顧問の体育の先生が好きだった
その先生と同じ駅
ある日部活が終わって、最後まで残って片付けを終えて着替えていると先生が来た。
手には携帯。
画面を俺に向けて。
写っているのは電車の中でフル勃起させたリングチンポを晒して眠り込んでいる俺。
『撒かれたくなかったら言うこと聞いてくれるよな?ホモ野郎』
否定することもできず、無言で肯定。
『オメェ、オレのこと好きだろ?オレも程よく鍛えたオメェもみたいな若い男好きだぞ』
『オメェは一人暮らしだったな。ツー訳で、今からオレん家来い。カワイガッテやる』
その日俺は先生と先生の家まで一緒に帰った。
道中、脅迫された恐怖と、大好きな先生に可愛がってやると言われた興奮で、チャック全開(命令)でフル勃起させて晒していた。何度も変態と罵られてチンポをぶたれた。
家に入ると完全防音のホームシアタールームに案内された。
いきなり先生は俺の玉を握って来た。
『さっき好きっつたがな、アレ、虐めるのが好きって事だ。コレを・・・な』
玉を握る力を強くされて俺は戦慄した。てっきりレ⚫︎プされるのだと思っていたのだ。
『あの写真撒かれたくなかったらオメェの金玉オレに寄越しな。卒業するまででいい』
『タップリ甚振ってやる!!』
そう言って一気に俺の金玉を締め上げて来た。
悲鳴をあげながら「許して」「やめて」「潰れる」を連呼していた。
その日は金玉を締め上げられながら先生に俺の金玉を『譲渡』する契約を交わさせられた。
1つ、俺の金玉は先生の所有物である
1つ、金玉で生産されるものも先生の所有物である
1つ、以上のことから先生の許可なく射精することを禁ずる
というものだった。
1時間ほどの玉責めから解放された俺の金玉は2回りほど腫れていた。
それから毎週末、先生の家に連れ込まれて先生の所有物である俺の金玉を拷問された。
握り、張り手、殴り、蹴り上げ、踏みつけ、噛みつき、電流責め、重り吊るし・・・
涙と鼻水と涎で顔をグシャグシャにしながら許しを乞うてもやめてもらえず、むしろより酷い拷問を加えられた。
玉責めで気絶したらやっと解放されて、その度鶏卵大まで俺の金玉は腫れ上がっていた。
何度も金玉拷問されるうちに、玉責めで射精するように調教された。
それを続けらると金玉を拷問されないと射精できないようになってしまった。
契約期間の卒業が近づいて来た拷問日。
『今まで責めてなかったところを拷問してやる』
『今のオメェでも絶対耐えられねぇ地獄の拷問だ』
と言われた。
責められたのは精巣上体。副睾丸とも呼ばれる金玉で1番弱いところだった。
それはまさに地獄の拷問で、度重なる拷問で鍛えられた俺の金玉もあっさり陥落した。
悲鳴にすらならない奇声をあげて耐えようのない拷問で地獄に突き落とされた。
あまりの激痛で気絶することすらできず、俺は金玉が付いていることを後悔した。そして
「先生。も、う!つbっ!潰してぇっ!!!」
と叫んでしまった。だが先生は
『コレはオレのモノだ。どうしようとオレの自由だ。オメェに決定権は、ない!!』
の『ない!!』のところで更に力を込めて来てさすがに激痛がキャパオーバーして気絶してしまった。
卒業式が終わって先生の家に連れていかれた。
あれから何度か拷問されたが副睾丸は責められなかった。
でもその日はいきなり全開で副睾丸責めの拷問をされた。
この時も数分と持たずに限界で「もぅ、潰して!!」と懇願した。
すると
『どっちがいい?右か?左か?それとも・・・両方潰して欲しいか?』
と拷問を中断して聞かれた。
俺はあまりの激痛で金玉が付いていることに絶望していたので
「金玉いらない!お願い!両方潰してぇ!!!」
なんて口走っていたそうだ
『じゃあ、望み通り、男を廃業させてやる!まず、左からだ!!』
そういって左の金玉全体を両手で握り込んで圧力をっ加えられていった。
タップリ時間をかけてとうとう限界が訪れた。
「!!!っあ、あああ?!GAAAAAAAAAA!!!!!」
先生の両手の中で俺の金玉は限界を超えて静かに潰れて内部組織を玉袋の中にブチ撒けた。
同時に俺は気絶した。
目がさめると俺はベッドに寝かされていて、先生が金玉を氷水で冷やしてくれていた。
『ゴメンよ。オメェの大事な金玉潰しちまった』
『右の金玉は潰してねぇけど・・・かなりヤバイ。腫れが全然引かねぇ』
『直ぐ病院連れて行ってやるからな。オレのことは警察に突き出してくれ』
両方潰してくれと頼んだはずなのに何故右の金玉潰してないのか聞いたら
『右も潰しちまったらオメェ、男じゃなくなっちまうじゃねぇか!』
だと。
その後病院に連れて行って貰って処置を受けた。
腫れもなんとか引いたが機能停止寸前で、片金で、ほぼ種無しになってしまった。
俺は先生を訴えなかった。
男であることを後悔するほどの拷問を続けられたけど、それでも好きだったから。
今でもたまに、残ったボロボロの右玉を先生に拷問して貰っている(笑)