砂浜の用心棒3-1.闇夜に紛れて


若いライフセーバー達が帰るのを見送った後、安永は海へ出た。

辺りはすっかり暗くなり、空には星が輝き始めていた。雲一つない夜空には月が明るく輝いている。
風もなく、波は静かで浜辺に打ち上げる音が心地よい。
夜の海は昼間よりはるかに冷たいが、一度入ってしまえばすぐに慣れる。

仰向けになって水中に浮かびながら夜空を見上げると、ふと子供の頃の夢を思い出した。
笑われるかもしれないが、高校まで宇宙飛行士になりたかった。その為に身体を鍛えたが、肝心の頭の方はからっきしで、結局夢を諦めた。
そして成り行きで警察官になり、また成り行きでライフセーバー事務所をある男から引き継いだ。

nightbeach

真っ暗な海で泳ぐのは、宇宙空間で自由遊泳するような気分になる。
普段は若いライフセーバー達を監督する立場として指導や説教をしているが、たまにはこうやって一人きりで海で泳ぐのが良い気分転換になる。

しばらく泳いだあと、地上の灯りを頼りに砂浜に上がると、いるはずのない客が居た。
かすかな月明かりで顔はよくわからないが、その体系と喋り方で誰かはわかった。前に山内の代わりに撃退したヤクザだった。

今日は酔っ払ってもいない。
「よお、あんた。ちょっと付き合えや」

また懲りずにやってきた。
自分が強い男だと自負している安永は、挑発に乗って、相手の促すまま砂浜の端の方の岩陰についていった。

多少は暗いが、近くにトイレの明かりが見えていて、砂浜よりはようやく相手の顔がわかる。

「俺に何の用だ」
「以前は恥かかせてくれたやろ。だから御礼参りに来たんや」
「何度やっても同じ事だ。今度は手加減せんぞ」
「それはこっちのセリフや。ヤクザなめとるんやないで」
一触即発の空気が流れる。

安永は目の前の相手だけじゃなく、背後も警戒していた。ヤクザを相手にするときは、卑怯な手を使って来ることもある。

「やはりか、隠れてないで出てこい」
安永の呼びかけにより現れたのは、暗闇にサングラスをかけた若い男だった。米下の付き添いの宮崎とはちがう。明らかに場慣れしている。

「2対1か」
卑怯だなんて言わない。確実に勝つためなら当然の行為だ。

安永は両者に目を配り、いつでも動ける体制で距離をとった。

先に動いたのは、サングラスの男だった。
すぐさま安永は米下と距離を取りながら、相対した。

大振りの拳をいなして、男の脇腹に蹴りを見舞う、崩れた隙に懐に潜り込み、鳩尾に重い掌底を喰らわした。
相手は怯んだが、浅い。掴みかかられる前に、再び距離を取る。

「やっぱり隙のねぇ動きしとるな。上玉や」
「何度やっても同じだ」

一直線になった米下と男めがけて、距離を詰めた。
そして上段蹴りを相手のこめかみ目掛けて見舞った。

しかし、男に蹴りが当たる事はなかった。その代わり、細かい砂が安永の顔面を襲った。

「くっ!!」
米下の投げた目くらましか!!

すぐさま後退して距離を取ろうとするが、安永を襲ったのは全く別の攻撃だった。
暗い環境で2人を相手をするのは初めから無理があったのだ。

安永の丸々と肥えた睾丸を下からアッパーでカチ上げられた。

ゴニュリ!!
「あぁっ!!!」

競泳水着によって形良くぶら下がる2対の睾丸に容赦の無い拳がめりこむ。
脆弱な丸い玉は、形を歪に曲げて固い拳と自らの骨盤の間で無残にもひしゃげた。

男ならば絶対に狙われたくない場所、安永も久しく経験してなかった。

あまりの衝撃に、安永は口を大きく開けて絶叫する。そして内股になりながらヨロヨロと後退すると、砂の上で崩れ落ちた。
一瞬の出来事で、何が起きたか把握できなかったが、猛烈な痛みで、金玉をやられた事を理解した。

「あがぁ…あがが…」

たった1発のパンチだったが、安永にはてきめんに効いた。
男の急所には不意打ちがよく効く。しかも、競泳水着で睾丸がガッチリと固定されているから尚更だ。

腹の底から湧き上がる苦痛に顔を歪めて膝をつきながら2人の男を見据えた。

そこには、米下しかいなかった。

男は背中から安永の脇の下に手をやると、無理やり立ち上がらせた。
バランスを崩しながらもふらふらと立ち上がる。目の前に米下がいて、自分の急所を狙っている。
それに気がついて開ききった股を閉じようとしたがうまく力が入らなかった。

ペギョ
「ぁぁぉぁぁ!!」

米下の蹴りは綺麗な楕円を描いて、安永の男の部分を再び押し潰した。
革靴の金属装飾が薄い競パンの生地越しにめり込み、睾丸内部に破裂するような衝撃を加えた。
胃液が逆流し、吐き気に襲われる。

「くそっ…そぉ…っ…そん…な…まさか…」
安永は身体を硬直させ、ゆっくりと背中を仰け反らせた。全身から脂汗をじっとりとかきながら荒く呼吸をした。
そして股間を両手で押さえながら再び両膝をついた。

2発の金蹴りが、どう猛な大男を黙らせた。先ほどまでは強大だった男も、惨めに地面を這いつくばっている。
金玉からくる男特有の鈍痛が身体の自由を奪い、股間を押さえて脚をバタつかせるしかない。
2対1の状況に、安永は焦りを感じ始めた。こんなはずでは…

安永の敗因は1つ。ほとんど相手が見えない暗い場所で2人を相手にした事だ。

「ワシはな、やられたらやり返ししたくなる性格なんや。ワシのタマ握ったお返しさせてもらうで」

2発の金蹴りで、既にやった分はやり返されたと思うのだが、米下は止まらない。

「本当はサシでもう一度やってみたかったんやがな。多分敵わんやろうから一方的にいたぶることにしたわ」
米下が近づくと、安永は気力を振り絞り、膝を立てて立ち上がると、ヨロヨロと距離をとった。

「ほう、キンタマやられたくないみたいやな」
「当たり…前だ」

安永と島田に左右からにじり寄られ、安永は片手で急所を守りながらファイティングポーズを取った。
呼吸が荒くなり、集中力が奪われている。
もう一度やられたら今度こそ戦闘不能になる。安永は股間に弱点をぶら下げている事と、そこを狙われている事に恐怖を感じた。

反撃をしようとしたが、安永は急所攻撃の痛みからマトモに動けなくなっていた。
2人に挟まれて動作が遅れ、その隙をついてボディブローやアッパーが安永を襲う。
彼の強靭な身体をもってすれば大したことのない攻撃だが、米下の狙いは違った。ふらふらと後退したときに、米下に詰め寄られた。

安永は再び情けない悶絶姿を晒すこととなる。

「ンガァッ?!」
安永の急所は、真下から硬い膝に蹴り上げられた。慌てて股間を守ろうと腕を動かすが、その前に2発目の蹴りが股間に突き刺さった。

「ぐぉぉぉぉ!!」

重量級の身体が一瞬浮き上がって、そのまま岩の上に崩れ落ちた。

「うっぐぇ……あがっ」
横倒しになりながら、パンパンに張った太ももを擦り寄せる。
男の急所に年齢は関係ない。どれだけ人生経験豊富な彼でも、男の急所を蹴り上げられたら惨めにのたうち回る。
砂浜の上で、鍛え上げた褐色の広い背中を丸める安永がそれを物語った。

「っぎぃぃ…たま…うっ!っ!俺のたま……」
安永はヤクザが見下ろす中、うわ言のように何度も呟いて、のたうちまわった。

ニヤニヤと安永の悶絶姿を眺めたあと、回復を待ってから米下は言った。

「警察じゃあ、金的訓練受けてるんやろ。その割には対した事ないのぉ」
「なぜ……それを!?」
「2発目の金蹴り、あれくらい訓練受けてたらかわせるやろ。金玉痛くて動けなかったんか?」

警察官が相手をするのは悪人であり、どんな手でも使ってくる。力で叶わないとみると凶器を使ったりや急所を狙ってくることもあった。
米下の言う通り、悪人を相手にする為に、柔道や制圧の訓練中に金的を狙い合う事が多かった。

複数の相手を想定して、己の急所を守りながら立ち回る訓練だ。

安永は柔道や制圧は強かったが、金的を一度やられると途端にペースが乱れ、いいように相手に動かされてしまうことが多かった。
みんなの目の前で複数回金玉を蹴り上げられて股間を押さえて悶絶したことが多々あった。
悶絶している中、後輩たちの注目を浴びるという屈辱の日々を思い返すと、顔が赤くなる。

今も自分の悶絶姿を見られているのだ。
ライフセーバー指定の際どい競パンで股間を目立たせているせいで、警察時代よりも恥ずかしい格好だった。
せめてもの救いは、暗くて表情までは見えないことと、若いライフセーバー達や、一般客がいないことか。

安永は膝たちの状態で股間を押さえながら言った。
「もう、十分仕返しはすんだだろ」

「まだや、やられた分は100倍返しや」
「100倍だと!?」

米下は更に急所を狙ってくるつもりだ。
なんとか隙を見て反撃しないと本気で潰される。
そう思っていると、米下は奇妙な事を言った。
「初めから2人で戦ってたらこうはならんかったかもな」
「どういう…事だ!?」

「おい、隠れてんと出て来いや」
米下が声をかける方向へ目線を向けると、岩陰からのそっと山内が現れた。

赤いジャージに包まれたガタイは、安永よりも少し大きい。そんな彼が岩陰に隠れていてもすぐ見つかってしまう。

「やまうち……」
「すみません、忘れ物して戻ったんですが、鍵が掛かってて……探しにきました」
「実はなぁ、コイツずっと隠れとったんや。お前が金的やられんの見たかったんちゃうか?」
「やまうち…そうなのか?」
「違うっす、2人がかりでも安永さんなら大丈夫だと思って…」
「それでこのザマやろ?タマキン狙われちゃあ男ならタマンねぇよなぁ?」
膝をついて両手で股間を押さえる安永の頭を、米下は掴んだ。

山内は言う。
「二人掛かりで男1人の急所狙って、恥ずかしくないのか?」
「恥ずかしい?んなわけあるかいな。正々堂々なんてもんはな、ガキの遊びでしかない。やるかやられるかや」

山内はその考えに同意できなかった。しかし、ここに喧嘩をしに来たわけではない。
「大人しく、帰ってもらえるわけないっすよね…」
「わかっとるやんけ兄ちゃん」
「うす、だから先に警察呼んだっす」

米下の眉間がピクリと動く。
「ほんとうか?」
「あと30分もすれば来るっすよ」
「おいおい、つまらん事してくれよるなぁ」

「という事で、安永さんを引き渡して貰うっすよ」
「待て待て、このまま返すわけないやろ。まだお礼参りも済んどらんのや」

米下がそういうと、サングラスの男は懐からキラリと光る物を取り出した。
チンピラが使いそうなアーミーナイフだ。刃先を安永に向けて脅す。

「警察が本当に来るか知らんが、それまで遊んでやるわい」

山内の口から出たのは意外な言葉だった。
「わかった。安永さんの代わりに、俺が相手になる。2対1でもかかってこい」
「ナニ?」
「安永さんへのお礼参りだろ。だが俺にも借りがあるはずだ。警察が来るまで代わりに俺が相手をする。それでいいだろ?」

山内の提案を聞いて2人は吹き出した。
「米下さん、コイツ空気読めねえっすね」
「やまうち、やめろ!!」

「俺は好きやで。でもなぁ、今日はお前と喧嘩する気分やないんや。単にコイツをいたぶりたいだけや。まあ、お前が金玉黙って差し出すんなら考えたる」
「どういう事だ?」
「さっさとここでパンイチになれや。じゃねえと大事な上司が殺されちまうぞ?」
「卑怯な手ばかり使いやがって…。正々堂々やれんのか」
再びナイフを安永に突きつけられては、言いなりになるしかない。

「くっ!!」
山内がジャージの上を脱ぐと、Tシャツの上からでも筋肉で盛り上がった肉体が見えた。
更にTシャツも脱ぎ捨てると、ゴツゴツとした逞しい肉体美が現れた。

「おい、下も脱げや」
山内が渋々下のジャージを脱ぎ捨てると、白いケツワレが現れた。
江城先輩に履けと言われているもので、最近は常に履いている。
しかしまさかこんな事になるとは思いもしなかった。
「米下さん、コイツケツワレ履いてるっすよ。ここのライフセーバーって変態なんすか」
「そうみたいやなぁ?普段からキッチキチの競パン履いとるから、変態集団なんかもな。
素っ裸にするつもりやったが、その格好もおもろそうや。それに時間がないからさっさとするか。島田、安永の事は頼んだ」
「うす」
これから金玉を嬲られるのか…
山内は恐怖に身体を震わせたが、金的鍛錬を思い出し、覚悟を決めた。

<2-2.屈辱|一 覧|3-2.根性>

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