鏡池


砲丸投げの田村慶介は、
世界選手権出場がかかる記録会に向けてトレーニングを積んでいた。
185*105の恵まれた身体で頭角を現したのはインターハイだった。
高校総体、国体、世界ジュニアで華々しい成績を残し、大学へ進んだ。
インカレ連覇の成績を残し、海外の大会も経験する中で、
今年こそと意気込む世界陸上に向けてきつい練習に明け暮れた。
身体は188*115になり、アジア記録更新まであと13cm。
しかし、慶介の弱みは、ここ一番の時に集中力を欠き実力を発揮できないこだ。

長野県の山里に近い合宿所に、田村は一人で来ていた。
その近くに、風が吹いても波を立てない池があった。
大学図書館で精神論に関わる書籍を探していたとき、偶然目にした所だった。
「池との対峙により精神は鍛えられる」と記されていた。

黙々と練習し、日々、池に向かう。
やがて。
田村は対峙が池そのものではないことを理解し始めた。
鍛錬の成果は記録更新にあと3cmと迫る。

その日。
田村は鏡池の中心から、ある気配を感じていた。
目を閉じ、合掌して雑念を払う。
周囲の気配も、音も、匂いも全て失せ、池の中心に自らが移動するかのように、
田村は、それまでと違う“交信”を体感した。
田村の表情が変わる。

翌夜、田村は寝床に就くと、遠くからの囁きを耳にする。
起き上がると、窓から、池の中央に映る月を見た。
凪の水面が、次第に揺らぎ始める。
田村は、駆け寄って鏡池の様子を窺った。

風が吹き始める。
池の周囲の木立がサワサワとざわめく。
田村の身体に、風とざわめく木立の音がまとわりつき、
あろうことか、田村は硬直したように、その場から動けなくなった。

月明かりが映る池の中央に、ぼんやりとした人影が現れ、水面を滑り、岸に着いた。
眼光鋭い目。
刹那、田村の体幹を貫くような苦痛。
身体の下腹部から来るその刺激は、加圧を増す。
風も葉音も激しくなった。
凪ぐはずの水面はすでになく、吹きさらす風に水滴は煽られ、田村を濡らした。
人影は、鍛えられた巨体、田村の睾丸を握り潰している。
田村が睨み返すと怪しい人影は睾丸をひねりあげ、
轟音をあげて水面は立ち上がり、木立をなぎ倒し、田村の絶叫を打ち消した。

人影は田村の衣服を剥ぎ、隆起した筋肉を月明かりに照らした。
田村は身動きできない体を軋ませ、とめどなく押し寄せる鋭痛に悶えている。
人影の指は、睾丸の裏を掻きはじめた。
羞恥と憎悪の意識に反した体の反応。
天を仰ぎ、開いた笠の大きさと、浮き出る血管がまとわる男の根の先に、
月の明かりを貯めて序章が滴る。
ぬめるような風とざわつく葉音が執拗に摩擦を繰り返し、
やがて、
羞恥と無念の肉体に飛沫する白濁の液。

睾丸に貼り付く太い筋状の遺物への執拗な掻きむしりと加圧。
64cmの太腿に押し出され、逃げようのない睾丸。
池の滴と、苦悶の汗に濡れ、術に嵌った動かぬ肉体。
縦横に押しつぶされる度に膝が震える。
崩れ落ちそうになる。
意識が消える。
しかし、
つかの間の彷徨が執拗な金玉の甚振りで、
現実の、
いや、既に何が現実なのか田村にはわからない間で、支配された意識が往来する。

“集中してその池と対峙すると、精神は鍛えられる”
果たして、田村が対峙したのは何であったのか。

むごいほど押しつぶされた睾丸。
砲丸が、勢い激突したような蒼白の激痛に、意識は遠く遥か彼方に飛ぶ。
人影が、田村を、凪いだ池の中央に引き込み、
波音も立てず水面から裸身が消えてゆく。


水面に照らされた、月齢15の月。

鏡池。

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