入り口から生暖かい潮風が吹き込んで、キッチンへ抜けていった。
山内にはその風は届かない。全身におびただしい油汗を掻くいて、床でうずくまっているからだ。
山内は自分の身体と力には絶対的な自信があった。今まで喧嘩で負けたことなんて無かったし、何人がかりでも倒してきた。
そんな自分が、小柄で小太りな酔っ払いに負けるなんて信じらなかった。
米下達が去って、ピリつく空気が消えると、周りの男たちはぞろぞろと山内を覗き込んだ。
そこには、褐色のゴツゴツとした身体を丸めてうずくまる山内がいた。
床に膝と額を擦り付けて、片手で急所を押さえている。
「ぅぉっ、ぉぉぉ」
野太いうめき声をあげると、今度は横倒しに転がり毛深い下半身をめいいっぱい擦り寄せた。
プロレスラーのように逞しい太ももが、余計に股間の膨らみを際立たせた。
山内の腕によって形まではわからないが、赤い競パンの前の部分は前にせり出していてモッコリが目立っていた。
金的責めによって睾丸が多少は腫れているだろうと予想はついた。
周りの男たちは山内の悶絶姿を同情心を持って見守っていた。しかし、同情はするけれど、自然と笑いが込み上げるのを押し殺した。
自分がやられるのは辛いが、競パン一丁で股間を押さえて悶絶している姿は可笑しくみえた。しかも見た目は毛深くてゴツくて自分よりも遥かに強い男だから尚更である。
「お兄さん、大丈夫ですか…?」
そんな風に心配そうに声をかける若者に、おっさんが酒で顔を赤くしながら横入りした。
普段味わえない爽快感や優越感に興奮して、気が大きくなったのだろう。
「こいつは身体もデケェが、タマキンもでかいからな、イッテェよなぁ!!」
山内がうめき声意外に反応しないのを見ると、今度は別の男が答える。
「そりゃ絶対痛いっすよ、ていうか痛そうっす」
「でもよ、いくら力が強いからって油断し過ぎじゃねぇの?相手が何してくるかワカンねぇんだからさ、警戒くらいしようぜ」
酒飲みのおっさんたちが、仲間を見つけたと思うと、無抵抗の山内を責め立てた。
悶絶中の山内の耳には届かないが、御構い無しだ。もし山内に目の前で睨まれたら言えるはずもない。
「金玉蹴られて反撃も出来ずにやられるって用心棒失格っしょ。しかも痛がり方が大袈裟なんだよ」
「俺なら金玉蹴られるなんてヘマはしないね。こいつみたいにな」
そう言いながら、山内の背中を指差す。
おっさん達は店員に邪魔な机をどかせると、股間を押さえながら倒れている山内を囲んだ。
狭い店内の真ん中に、小さな空間ができた。山内を取り囲んで見下ろす男が3人。
店員の集まるキッチンから若い店長が口を挟む。
「彼はよくやってくれましたよ。形がどうであれ撃退してくれたんですから」
気弱な店長の精一杯のフォローだったが、同意する者はいない。
「そうは言っても、こいつがタマ押さえて転がってる間に相手が暴れたらどうすんだ?結果論で語るのはよくねぇな」
男たちはそうだそうだと首を振る。
「そこのネェちゃんはどう思うんだ?」
「わ、私ですか?」
ソフトクリームをこぼした彼女はキッチンの奥で苦笑いしながら控えめに言った。
「その…男の人って、ほんとに痛いんですよね。そこ…」
山内のおかげで助かったのだが、助けてくれた本人が倒れているのだ。彼女にとっては複雑な心境だった。
目線の先には、床で丸まった雄のフェロモンムンムンな山内の姿があった。ゴツい身体を丸めて、汗だくで男にしかわからない急所の痛みに悶えている。
「いや、そうじゃなくて、まあいいや」
そんな姿は彼女でなくても、刺激的な光景だった。目を隠すものは少なく、皆まじまじと逞しい巨躯を持ったライフセーバーを眺めていた。
「うるせぇ」
ようやく回復してきた山内が一言発した。
山内は膝を立てて、重い上体を起こした。
ごちゃごちゃ好き放題言いやがって。そう言いたげな顔で周りの男たちを睨みつける。
鋭い眼光にと気迫に、オヤジたちは黙ってしまった。
静まり返った店内に再び重たい空気が流れる。しかし、しばらくするとそれも終わった。
帰ったかと思われていた米下が再び現れたのだ。店中の視線が集まった。
「大事なもん忘れてたわ」
そう言って、重苦しい空気をもろともせず、さっきまで座っていた席に向かった。
再び静まり返った店内でもう一度、視線が山内に集まる。
人とは勝手な生き物だ。散々馬鹿にしてきた山内に、相手を撃退しろと訴えている。
山内は今まで手も足も出せずにやられた事などなかった。
このままやられたまま逃すのは我慢ならない。そう考えた山内は、男の意地で金玉の痛みと下っ腹の苦しみをこらえながら片手でオヤジ達を退かして立ち向かった。
動くだけで金玉が痛むが、黙って見過ごすわけにはいかない。
「おい」
米下の振り向きざまに、山内の鍛え上げた腹筋と、山内に比べると貧弱な肩がぶつかる。
「さっきはよくもやってくれたな」
口調を荒くして怒り任せて睨みつけた。頭に血が上って、今にも襲い掛かりそうだ。
反対に米下は態勢を立て直したあとは反応を示さない。
それもそのはずだ、いくら筋肉で身体を大きく見せていても、金玉を責められて負けたばかりだ。
米下に、頭の先から足の先まで見られたのがわかった。そして股間を見られてニヤけながら言われた。
「なんや兄ちゃん、もう一度タマ虐めて欲しいんか」
「今度はやられねぇ」
山内は元々脚が太いため、立っているだけ股間が前にせり出していた。
更に小さめの競パンを履くことでチンポや金玉といった男のパーツが生地に張り付いて浮き出ていた。
競パンを脱がなくても、形がよくわかる。山内のぶっといチンポは右斜めに収納されていてカリの形までよく見える。
また、若い精の詰まった双球は生地に包まれて股の間にぶら下がって、たっぷりとした膨らみを形作っていた。
「いつでもタマ責めたるで」
山内は徐々に怒りで顔を赤くしていくが、米下が腕を少し動かしただけで、思わず腰を引いて赤い競泳パンツの膨らみを手で隠してしまった。
その仕草に米下は笑う。
「ヒヨコみたいなモッコリ目立たせとるから、てっきり虐めて欲しいんと思っとったわ」
米下の言葉に、野次馬たちから笑いが漏れた。
恥ずかしさと怒りで山内は手を出す寸前だった。しかし、これも米下の作戦だと振り上げた拳を引っ込めた。金玉と下っ腹が毒を入れられたようにジンジンと痛む。そのせいで足腰に力が入らないし、立っているだけでも精一杯だった。
それを悟られないようにして、米下をにらめつけた。
膨らみを普段から目立たせてるのも、男のプライドがあったからこそだ。決して金玉を狙われるためでは無い。
怒りで己を奮い立たせるが、米下が一歩前進すると、思わず後ずさりをした。
再び米下は笑う。
「ゴツいガタイしてるくせに、ビビってるんか兄ちゃん」
「なにぃ?」
「金玉やられてビービー泣く前に、帰った方がええで」
その一言に山内はカチンときた。そもそも話し合いのために立ち上がったわけじゃない。
自分を奮い立たせて彼は動いた。
大切な男の急所を責められた時点で、やり返さなければ気が済まない。
さっきの仕返しとばかりに米下の股間めがけて太足を振り上げた。
完璧だと思った。警戒されないように相手の顔しか見なかったのだから。
しかし、山内の足は空を蹴り上げただけだった。
山内には見えなかった。気がついた瞬間には米下が間合いの内側に居て、掌底が競パンの下部に叩き込まれていた。
膨らみが上下にブルルンと揺れる。
「ぐおぉっ!!」
素人目には軽い一撃だったにもかかわらず、山内は大きく退いた。金玉の表面だけでなく、内側に衝撃が響いた。内臓を直接叩かれる衝撃に、金玉が破裂したように感じた。
山内は日に焼けた大きい身体を曲げて、太ももをすり合わせ、よろつきながら後退した。そしてケツから背後のテーブルにもたれた。
「くそっ!!またタマ…」
金的を警戒すれば食らうことはない。そう過信していた。反応できなかった自分が悔しい。汗が頬を伝い、木の床に落ちた。
「俺の玉を狙うのは無謀やで兄ちゃん。さてと、キツイお仕置きしてやらんとな」
金玉の痛みに苦しむ山内とは対照的に、米下はニヤケながら高らかに宣言した。
山内はゾッとして、一層きつく股間を押さえた。
米下が近づくと、テーブルの横をさらに下がった。今の状況でもう一度金玉をやられたら、為すすべが無くなる。
そのときふと周りを見渡すと、ソフトクリームをこぼした定員と顔が会った。
その顔は失望感に包まれていた。彼女だけじゃない。他の客たちも落胆の表情で山内を見ていた。呆れたようにも、見下されているようにも感じる。
山内の中で悔しさが沸き起こった。
その時、山内の中で何かが吹っ切れた。逃げるだけじゃ勝てるわけがない。
山内は踏み込んだ。そして米下が驚いて硬直している隙をついて突っ込んだ。
110kgもの身体を生かしたタックルは軽々と米下を吹き飛ばした。
山内が覆いかぶさるように倒れ込み、米下の頭を床に叩きつけた。
このチャンスを逃せば次はない。そう思った山内は素早く立ち上がった。そして今度は腕を掴み取って店の隅に投げ飛ばした。
「がはっ!!」
米下は初めて悲鳴をあげた。
そして積み上げられた椅子に背中を打ち付け、米下は崩れ落ちた。
ビール瓶やグラスが倒れて、ガッシャンと大きな音が鳴った。
米下は額に血を流してグッタリと倒れ込んで頭をダラリと下げている。山内は再び米下へ近づいた。
アドレナリンが噴出して顔が赤くなった。髪の毛を掴んで引きずり回してやる。そんな気持ちで近寄った。
髪の毛を掴もうとした瞬間、山内はこれが罠だと気が付いた。
米下の目が見開き、左手にもつ酒瓶が勢いよく振り上げられた。
山内は慌てて半歩下がるが、ギリギリのところで避けきれなかった。
「はうっ!!ぅぅぅぅぅぅぅ………」
思わず叫ぶ。
前にせり出した男の膨らみが、酒瓶で下からすくい上げられるように打ち付けられた。
瓶底で打たれた瞬間、山内の赤い競パンの膨らみが凹んでブルルンと揺れ動いた。そしてケツを後ろに突き出してヨロヨロと後退した。
「また、たま…俺の、たま…あぐぅ…」
硬い酒瓶と下腹部の間で山内のタマは行き場を失ってひしゃげたのだ。
金玉の底からくる永続的な痛みは、彼の動きを止めた。構えないとダメだと頭でわかっていても身体が動かなかった。
米下が近づくのがわかっていながらどうにもできない。
そしてなす術なく短髪を掴まれて、軽く放り投げられた。
「がはっ!!」
広い背中がキッチンカウンターにぶつかる。鈍い音が響いた。
山内は膝を立てて背中を押さえたあと、思い出したかのように股間を片手で押さえる。
山内の金玉を責めて上機嫌の米下は言った。
「何や兄ちゃん、ただ金玉やられるだけの筋肉達磨やと思っとったが、根性あるやんけ」
額から流れる血を手で拭う。
「男ならな、急所を守りながら戦うもんやで。まあ、守っていても、急所に打ち込んだるがなぁ」
米下は豪快にガハハとわらった。
「ほれ、かかってきいや。男を見せんかい。」
「くっそ!!」
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