上司の弱点-計画-


boss

大丈夫だ、上手くいく。
俺は海からくる冷たい風を浴びながらそう呟いた。

砂を踏むたびにザクザクと音がして、その音で気が付いてしまいそうで不安になる。

俺は視線を戻し、建物の陰からターゲットを覗いた。

よし、まだいるな。

ビーチの真ん中にいるのは、俺の職場の上司である小西だ。

季節外れのオレンジ色のビキニを履いていて、丁度向こう側を向いて仁王立ちしている。

俺は計画に支障がない事を確認して後ろで待機していた少年に声をかけた。
「あそこにオレンジ色のパンツを履いた男がいるだろう?」
俺が指し示すと、少年は頷いた。
「お前のミッションは、あの男の背後から近づいて、この鉄棒を股の間から振り上げる事だ」

そう言って、長さが1メートル程ある鉄の棒を少年に渡す。

少年は今からする事を興奮した様子で鉄棒を手に取った。
「頑張るよ、ワクワクする」
「良いか、くれぐれも俺がやったって言わないでくれよ」
「わかってるって。心配しないで」

不安は残るが、俺は少年が上手くやってくれる事を願って、物陰から見守った。
早くしないと帰ってしまうかもしれない。

まだ6月にもかかわらず、筋肉自慢の班長は、毎週末このビーチに来ている。
180cm,100kg近い巨体と筋肉を見せびらかすように、あんな小さなブーメランタイプの海パンを履いている。
すぐに股間を強調させている事を後悔するだろう。

俺は、少年の背中を押した。
班長は仁王立ちで砂浜を眺めている今がチャンスだ。

どうせあいつは良い女がいないか探しているのだ。まだ夏でもないと言うのに。
男に生まれた事を後悔させてやる。

少年は恐る恐る鉄棒を構えながら班長に近づいていった。
ザクザクと砂浜を歩く音はするが、波の音でかき消される事を祈った。

俺は心臓をばくばくとさせながら見守った。

振り向くな、振り向くな。
俺は念仏のようにそう唱える。
ここで失敗してしまえば全てが水の泡だ。

俺たち奴隷のようにこき使う野郎に制裁を加えたい。

しかし、班長まであと少し、もう少しの所でタイミング悪く班長が振り向いてしまった。
少年と班長は向かい合ってしまう。

俺は終わったと思った。計画が失敗した。

しかし、少年は班長が振り向いてしまったにもかかわらずミッションを実行しようとしてくれた。
班長が振り向いて怪訝な顔をすると同時に、少年はがむしゃらに鉄棒を、振り上げた。

ナイスタイミング!!

幸いな事に、班長は股を少し開いていて、盛り上がった太ももは邪魔をしなかった。
その鉄棒は寸分の狂いなく股座を駆け上がり、オレンジ色のビキニ中央を叩き上げた。班長の1番の急所が硬い鉄の棒によってグニャリと潰れた。

「ぐぉっ!!!」
鉄棒が股間にめり込んだ後、班長は厳つい顔をより一層歪ませて、前のめりに倒れこんだ。
「ぐぉ、お、お、お…」
ここまで低いうめき声が聞こえてきそうだ。
班長は強打された睾丸を両手で押さえ、苦しそうに砂浜の上を転がった。
ビキニ一丁で転がる姿は滑稽で笑いが込み上げてくる。

「ざまぁみろ!!」
俺は歓喜した。ムカつく上司の金玉を強打してやった。
俺は急いで物陰に少年を呼び寄せた。少年の顔は晴れやかで、自信に満ち溢れていた。
「凄いよ!!俺、あの人の股間に思い切り振り上げたよ!!」
「よくやった!!ほら、お礼だ。これで好きなもんでも買えよ」
「ありがとう!!」
少年に千円札を渡して頭をポンポンと叩いてやった。可愛い奴だ。
「また必要になったら呼んでね」
そう言って少年は笑顔を浮かべて走って去っていった。

バレないように、もう一度班長の方を見てみると、その場所から動いておらず、大きな身体を丸めて蹲っていた。
こんな光景なかなか見られるもんでもない。
通行人は倒れこんで砂まみれの上司を心配そうに見はするが、助ける気配は無い。
100kg近い大男が睨みつけてきたら、誰もが避けるだろう。


班長は脂汗を流して、うーうーと唸りながら男特有の急所の痛みや辛さに悶絶している。

良い気分だ。
男のプライドを折ってやった。人が見ている中、急所を強打して、股間を押さえて悶絶するというのは、彼にとって屈辱だろう。

いつも強そうな奴が情けない姿で悶絶しているというのは快感だ。
しばらく班長の悶絶姿を堪能してた。

明日も仕事だが、今日の事を思えば、怒鳴られても耐えられる気がする。

俺は班長にした事がバレる前に、さっさとその場を離れた。


work

次の日、俺は意気揚々と職場に向かった。
昨日の事を思い出すと、自然と笑みがこぼれる。
作業着に着替え、休憩用のプレハブ小屋で仲間と雑談しながら仕事の開始時間を待つ。

「今の老人ホーム完成までどれくらいかかるんだろうな」
「9月には終わるだろ」
「でも、計画通り進んでないですよ」
仲間の言う通り、俺たちは老人ホームの建設を請け負い、班長の指示の元仕事をしている。
とはいえ途中で色々と無理難題を押し付けられて、頭を悩ましていた。

「間に合せれば良いんだ」
「そうだな、まだ4ヶ月はある」
「小西の野郎が新人を止めさせなければ今頃基礎工事なんて終わってるだろ」

そんなグチを言っていると、小屋のドアが開かれ、見回りをしていた仲間に呼びかけられた。
「おい赤崎、班長が呼んでるぜ」
仲間にそう言われた瞬間、俺は不安と焦りでいっぱいいっぱいになった。
まさか、昨日の事がばれたか?
いや、昨日はすぐに帰ったし、顔は見られていないはずだ。

「おい、何かしたのか?」
「班長に殴られたら殴り返してやれよ」
仲間たちは冷やかして来るが、笑えない。もし昨日の事がバレていたら、クビどころか滅多刺しにされてしまう。

俺は重い足取りで上司がいる2階へと向かった。
「失礼します」
ノックをして入る。

そこには、あからさまに機嫌が悪そうな小西班長が、机に足を乗せてソファの上で踏ん反り返っていた。

野獣に睨まれたように俺は身体を小さくした。

「あの、お呼びでしょうか」
「まあ、座れ」
俺はビクビクしながら反対側の椅子に座る。

「おい!!」
ビクッ!!
「は、はい!!」
その目つきは一瞬で殺されそうな程の殺気が含まれていた。

「何の用で呼ばれたかわかってるだろうなぁ?」
「すいません、わかりません」
「わからねぇだと?ふざけんな!!今すぐそこで土下座しろ!!」
「な、なぜでしょうか」
「テメェが犯人って事はバレてんだよ!!」

事務所内に響き渡る様な声に俺は何も出来ずに、ただうろたえた。
「今すぐ謝れば許してやる!!だが誤魔化そうとすればわかってるだろうなぁ!!」
俺はもうダメだと思った。謝らなければ、本当に殺されてしまう。ソファを飛び上がり、俺は班長に向けて土下座をした。

「す、すみません!!ほんの出来事でした!!」
俺は頭を床に擦り付けて心底しでかしたことを悔いた。
「何故俺の金玉を狙った?言え」
「はい、一番痛いところですので、苦しむと思いました」
「子供を使うなんざ姑息な手を使いやがって。やりてぇなら直接来いや!!」
「はい!!すみません!!」
「このまま殴り倒してやりてぇところだがな、もう仕事が始まる、続きは後だ。仕事が終わってから俺の家に来い。必ずだ、わかったか!!」
「はい!!」
俺は殴られなかった事にホッとして、とぼとぼと戻った。

仲間たちは、
「おい、怒鳴り声聞こえてきたが大丈夫だったか?」
「お前とは今日でお別れかなー」
そう茶化してくるが、夜に班長の家に行く事を思うと、俺は話す気になれなかった。
仕事にも身が入らない。もしかしたらクビになるかもしれない。
そうなればまた一から仕事を探す必要が出てくる。

俺はただただ後悔していた。

仕事にも身が入らずに、失敗をいくつかしてしまった。

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