路上


太陽が傾き、空が茜色に染まりだした頃、俺は大阪の下町の通りをふんぞり返って歩いていた。
この街には様々な人間が生活をしている。
商店街のスーパーで買った袋を重そうに持っている年寄り、みすぼらしい格好でとぼとぼと歩く中年のおっさん。学校帰りにゲーセンでたむろする若者達、腕時計をしきりに気にするサラリーマン。
俺にしてみればこいつらは地面にへばりつく害虫でしかない。

ガラの悪い地域だが俺はそれほど絡まれた記憶が無かった。それは187cmとい う高身長のおかげだが、それだけではない。
顔が厳ついうえに昔から体格が良く、強くなりたいとボクシングを習いトレーニングに励んでいたのだが、高校入学時点で俺に挑んでくる輩はいなくなった。
いるのはお礼参りだと称して挑んできて再び俺にボコされに来る馬鹿や、命知らずのキチガイである。
故に俺はこの街の支配者のごとく肩で風を切って歩いていた。タンクトップにハーパンを履き、筋肉を見せつけるように周りの人間を威嚇する。そして俺が歩を進めるたびに周りの人間は目をそらし避けていった。これは何よりも気持ちがよく、俺の自尊心を満たしてくれた。
だが、それは今日で終わる事となる。

「おい、兄ちゃん。どこみて歩いてんだ」
俺はすれ違い様に腰に何かがあたった感触を感じた、そしてそれと同時に後ろからドスの利いた声がする。
「ああ?」俺は振り向き、声をかけた男を睨みつける。チンピラ程度なら俺がひと睨みしただけで目線をそらし、そそくさと逃げていく。しかしその男は違った。
悪趣味な龍だの虎だのが書いたシャツとジーパンとエナメル質の靴を履いている。それだけで危ない人間だとわかるが、人ごみに紛れてその男は2人の屈強な男を従えていた。
しかし自信に満ちあふれた俺は、もはやヤクザにも恐れを抱いていなかった。この男のようなチビなら尚更である。
それを悟ったのか男もまた睨み返し、ゆっくりと近づく。
「にいちゃん、人にぶつかったら謝ろうな?えぇ?」男はそう言うと同時に、俺の頭を扇子で二回叩いてきた。
血の気の多い輩ならこの侮辱は宣戦布告の合図となろう、そして俺もそういった類いの人間であった。
すぐに手を出してしまった、気が付いたときには遅い、俺の右拳は男の頬を抉ってそのまま突き飛ばす。反射的に手を引っ込め後悔したが、俺はついにヤクザを殴り飛ばしてしまったのだ。

「てめぇなにしてくれてんだ!!!」舎弟たちが人を押しのけ駆けつける。
「お前ら待て!!!」しかし男はそれを制止し、切れた唇の血を拭いながらのっそりと起き上がった。その顔は先ほどまでの単純な怖さではなく、睨まれるだけで殺されるような殺気を含んだものだった。

「おい兄ちゃん、今更謝るんじゃねえぞ」こいつとは死線の数がちがう、目線を外せば殺される、雄の本能でそう感じて俺は身体を硬直させた。精一杯睨み返し虚勢を張るがそれでも男が一歩一歩近づくたびに恐怖を感じた。いや、こんなチビ喧嘩しても勝てる、そういった思いが俺の心を支える。
「なんか言う事ねえんか」ついに密着するまで近づいた状態でヤクザはそう言う。

パギョ

俺は一瞬何が起きたのか理解できなかった。ただ一瞬にして脚の緊張が解けて、地面に崩れ落ちる。股間から腹にせり上がる男特有の痛みを感じ、ようやくこの男に己の金玉を蹴られたのだと理解した。普段の俺ならば簡単には急所を蹴られるようなヘマはしなかっただろう、しかし目線を男に向けた状態で死角から膝金を食らうという不意打ちのダメージは大きい。
「ああ、くそ・・・・」俺は膝をつき、股間を押さえてうずくまった。周りの人間から俺のその格好に目を向けられ屈辱を感じる。しかし男はそんな俺の横顔を硬い靴で蹴り飛ばした。勢い良く地面に叩き付けられる。

「兄貴、こいつどうします。全部の指折っちまいましょうよ」
「爪剥がすのもいいかもしれないっすね」
ためらいなくそう言い放つ舎弟達に恐れを感じながらも、俺はただ脂汗をドッとかき悶絶した。コンクリートの冷たさ頬に感じながら、俺にも耐えられない急所があると改めて実感する。
しかし痛みは残るものの、俺はまだやられてはいなかった。
反撃しなければ殺される、そんな恐怖に俺は男の足を振り払い、立ち上がった。そのまま逃げればよいものの、俺は舎弟の一人めがけて殴り掛かる。
「おらぁぁぁぁぁぁ!!」声を張り上げ、俺は一人を殴り倒した後、ヤクザの男めがけて掴み掛かった、しかし今度はあっけなく避けられ、代わりに後ろから再び股間めがけて攻撃を食らった。

「がは・・・あぁ、くそ・・・・」パスンという音とともに俺のかかとが浮き上がる、それほど強烈な蹴りだった。金玉が喉を通ってせりあがるような感覚に襲われ、悲鳴が漏れる。なんとか耐えようと足を内股にし、ふらふらと千鳥足で歩くが倒れなかった。
倒れたらまたヤクザにボコされるという思いよりは、周りにいる害虫たちが俺の悶絶姿を見ていたからだ。男のプライドにかけて倒れるわけにはいかない。
「どうした?かかってこいよ」そんな言葉に闘志を奮い立たせるが、雄の痛みに身体が思うように動かない、しかし男は左腕を延ばし中腰になっている俺の目玉めがけて指を弾いた。

「あうっ」思わず手を顔にやるが、瞬間股間を無防備にした事を後悔した。そしてその嫌な予感は当たってしまう。男は予備動作無しに俺の股間に手を延ばした。あわてて股間を守ろうとするが、俺の急所はすでに強く握られ、その瞬間完全なる敗北を悟ることとなる。

「兄ちゃん、なかなかデカい金玉持ってるな」男は俺の玉を握りながら口角を上げる。
「ガタイだけじゃなく、ここも逞しいな。女はすぐ寄ってくるだろ」
「少し懲らしめてやるよ。」俺はこれから行われる拷問を覚悟した。

ゴリゴリゴリ「はああぁぁぁぁ」俺は情けない声を漏らし男の腕を引き剥がそうとするが、男か俺の金玉を力任せに潰すたびに力が抜け、なす術無く喚き散らす。
「くそ!!!てめ、はなしやがれ!!!たま、きんたま・・・」
くそ、俺を征服したように、にやけやがって。負けねえ!!俺は金玉の痛みと必死に戦い、男の顔面を何度も何度も殴る・・・。
しかしさらに強く、俺の金玉を握り込んでくる。
ゴリゴリゴリ「があああぁぁっぁぁ・・・・たま・・・キンタマが・・・潰れる・・・」
くそっくそっ!!
男は顔面をぼこぼこに殴られ、血みどろになりながらも男は手を離さない。

周りの人間は俺が金玉を掴まれ、弱々しく抵抗できない姿を嘲笑い、立ち止まっている事だろう。あるいは携帯のカメラで俺の悶絶姿を撮影しているかもしれない。
どうにかしてこの手を離さなければ・・・。
「どうだゴリマッチョ、金玉痛えだろう、たまんねえだろ。だがな、俺のさじ加減一つでお前の男を終わらせる事も出来るぞ」
その言葉に恐怖を感じる。本当にこいつは俺の金玉潰すつもりか。

「兄貴、こいつ散歩させてやりましょうぜ」隣で俺の悶絶顔をニヤニヤと見ていた舎弟の一人がそう言う。
「じゃあこいつのズボン脱がせ」
は・・・?
それは聞き間違えではなかった。男が俺の股間から手を離し、合図すると舎弟たちが俺のズボンを思い切りヅリ下げ、俺のボクサーパンツを曝け出す。

周りの人間は俺の腫れ始めた股間の膨らみをからかい、女は目をそむける。俺はどうしようもなく恥ずかしくなるが、舎弟たちに捕われ動けないでいた。そして再び俺の急所は男に握り込まれた。こんどはただ握るだけではなく、玉の根元から俺の性器もろとも縛り上げるように握る。
「は、はなせ、てめえら!!!」
「ついてこいよゴリマッチョ」
俺は股間を掴まれたまま散歩する犬のように連れられた。ちぎれそうになるほど俺の性器は引っ張られ、パンツ姿のまま歩くしか無い。半歩でも遅れると性器をもぎ取られそうなどうしようもない痛みに襲われる。
通り過ぎる人間は俺の情けない格好を見てあざ笑い、次にヤクザを見て目を背ける。
数十メートル歩いたあたりで俺は解放された。といっても股間を握られていた手が無くなっただけで舎弟たちに捕われたままだった。

「てめえら、一体俺をどうしたいんだ!!」急所の痛みを痛烈に感じながら俺は声を張り上げる。
「おいお前ら、こいつをどうしたい」
「なに?」俺は精一杯睨みつける。
「兄貴に恥じかかせておいて、これで終わると思ってないだろうなぁ、ゴリマッチョ」

「まあいい、おまえら離してやれ」そう男に言われ、舎弟たちは黙って腕を放す。俺が舎弟を睨みつけたその瞬間だった。
「はうっ!!!うぅぅぅぅぅぅぅぅ」
今度は真正面から男のつま先が俺のボクサーの膨らみを捉えた。これまでの痛みと相乗効果をうむ。
俺はどうしようもなく辛くなり、コンクリートの上で芋虫状態で転がる。何度も経験した事だが不意打ちの金的はやはりキツい。金玉からくる痛みは下腹部まで上がり、猛烈な吐き気に襲われる。

「これで終わりだと思うなよ、兄ちゃん」男たちは俺を何度か足蹴りし、去っていった。

俺はただ地面の上で丸くなっていた、そして四つん這いになり恥も外聞もなく悶える。
「てめえら、みてんじゃねえ!!!」害虫どもにそう怒鳴り散らす。
俺はこの日は遠くにあるズボンを自力で拾い上げ、逃げるように帰っていった。

「これで終わりだと思うなよ」男のはなったこの言葉が頭の中をかき乱す。
次はあいつらぶっ潰してやる。俺はそう決意した。



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