包囲


houi
ある夕暮れ時、俺は駅のホームのはじに立っていた。さっき満員になった電車をやり過ごしたから次の車には必ず腰掛けられるはずだ。それで座れさえすればラグビーの練習で疲れた身体をおろし、自由と休息に満ちた時間が続くのだ。俺は早くも点滅し始めた遠くのビルのネオンをぼんやりと眺めながら電車の進入をしめす警笛を聞いていた。
その時、俺の身体が一瞬浮いた。俺が飛んだ訳ではない、あ”っと声になっていない音が漏れ下腹部から脱力して腰が落ちる。
俺の金玉を蹴られたのだと理解するのに時間がかかった。常識的な考えでいくと駅のホームで突然金玉を蹴られるということはまずない。打ち上げられた瞬間に急所からダイレクトに鉛の玉が体内を通過して脳下垂体を直撃するような感覚。呼吸が困難になり、俺は恥も外見もなくホームの上で突っ伏した。
周りの人間は突然の事で驚き慌てふためくか俺が必死に股間部分を押さえている姿を見てあざ笑っているのかもしれない。しかし、金玉の痛みや強烈な吐き気とめまいを感じている俺には周囲を確認する余裕なんてなかった。
電車がきたので俺はなんとか立ち上がり、痛む股間を押さえ恥ずかしさを感じながら車内へと滑り込んだ。一瞬の出来事だったが俺を地獄に落とした犯人の姿は覚えた。今車両移動しようとしているあいつだ。季節外れの黄色のパーカーを着ている男。身に覚えのない人物だが直感的にわかる、あいつだ。
くそっ!!いったいなんなんだ。
俺は逸る気持ちを抑え取りあえず金玉の回復を待った。どうせ次の駅まで5分以上ある。焦る必要はない、とっちめて俺が今味わってる苦痛を何倍にもして返してやる。乗客に好奇な目で見られながら俺はそう誓った。

しかし、この日結局あの男を捕まえる事が出来なかった。

次の日再び俺の金玉が狙われた。コンビニに寄った帰りに高架下のトンネルに入ると若い女が向こうから迫ってくる。いや、それだけだと特に変わった光景ではないのだが、その女はすれ違い際に俺の股間めがけて拳をぶつけてきた。 
ほふ”ッ!! 金玉の痛みで前屈みになるが倒れない、タマの中心から打撃が逸れたのもあるが彼女のようなひ弱な腕では俺を悶絶させることは出来なかった。

俺は金玉の痛みを必死にこらえながらなんとか逃げる女に追いつき、そのまま前に押し倒した。
「やめて変態!!こないで!助けて!!!」
「おい、暴れるな」
俺は悲鳴を上げる女を引きずり回し人気のない公園へ連れ込んだ。
幸いにも目撃者はおらず、通報はされなかった。
「てめえ、なぜ俺の金玉狙いやがった。昨日の男とグルか」
この小柄で華奢な女には全く見覚えがなかった。それだけにかえって薄気味がわるく、なぜこの女が俺を狙ったのか知りたかった。
「なぜ俺の金玉を殴ったんだ」
「わたし知らないわそんなこと」
その女は同じ事を繰り返したがそのたびに、俺も同じ事を繰り返した。
「どうしても言わないつもりか、痛い目見るぞ」
その言葉に女は肩をふるわせて話し始めた。
「わたし、あなたに恨みなんかないわ。ただ頼まれたのよ」
「頼まれたって俺の金玉を殴れってか?」
女は返事の代わりに首を縦にうごかした。
「いったい誰だ」
「知らない人。でも・・・」
沈黙する女に苛立ちを覚えた俺は相手をゆすり、彼女はしぶしぶ一つの住所と名前を口にした。だが、その名前の男は、これまた俺の記憶に無いものだった。
「その男はなぜお前に頼んだか知ってるか」
「しらないわよ。そんなこと、ただお金を貰ってつい・・・」
この女が知らないのは確からしかった。俺は他人に頼まれただけで金玉を殴ってきたこの女をしげしげと眺め、その場を後にした。

次の日、俺は渡された紙を頼りに家を探し、その名前の主を近くの空き地の隅へ連れ出す事に成功した。その男は一昨日俺の金玉を背後から蹴り上げた野郎とは違っていた。 「俺に恨みでもあるのか、ぇえ!?てめえの顔なんざ見た事ねえぞ」
「なんのことですか、少しもわかりませんが」
「あくまでもしらをきるつもりか」
俺はこいつの股間を思い切り鷲掴んだ。みるみるうちに男の顔が青くなる。
「何のために俺を狙ったんだよ、ぁあ!?言わねえならてめえのタマ握りつぶすぞ」
男は今にも泣きそうな顔をして洗いざらい話した。
彼が言うには、たまたま別々の場所で二人の男性に俺の金玉を潰すように頼まれたらしい。だが臆病者のこの男にそんな度胸があるはずもなく、そこであの女に頼んだそうだ。
「その二人はおたがいに知り合いか」
「そうではないようです、どうかお離し下さい」
俺は掴んでいた手を離し、倒れ込む男に聞いた二人の住所と名前を手帳に書いてその場を後にした。

次にこの男から聞いた住所をたよりに二人のうち一人を問いつめた。しかし、その男も誰かに頼まれたらしい。取りあえずその男の急所をいたぶり、誰に頼まれたのか聞き出し、手帳にしるした。

俺は手帳を一冊書き潰したが、おれの金玉を狙った者の正体をいまだに探し出していない。しかし、その後も幾度となく蹴り上げられ、叩き上げられた俺の金玉から世の中の人すべてが俺の金玉を狙っているのだという事だけはおぼろげながら想像がついてきた。



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