砂浜の用心棒1-3.収束



米下と山内が対峙していると、入り口から山内に負けず劣らずの大男が現れた。

入ってくるなり大声で叫ぶ。
「山内!!なにあぶらうっとる!!」

安永栄吉(やすながえいきち)はここのライフセーバーの取り仕切り役。いわば山内の上司にあたる男だ。

40歳になって年相応の肉に包まれているが、まだまだ現役で活動しているだけあって、筋肉量が半端ない。
それは、週5回の筋トレを欠かさないストイックさから来るものだった。

ライフセーバーの指揮を取ることが彼の仕事だが、他のライフセーバーと同様に赤い競パンを履いていた。
そしてその中央は、山内に負けず劣らず盛り上がっていた。

安永は勢いで声を荒げたものの、股間を押さえながら片膝をつく山内と、仁王立ちの小太りの男をみて口を閉ざした。山内が海の家で何か面倒に巻き込まれていると聞き飛んで来たのだが、状況が飲み込めない。

「おい、なにがどうなってるんだ?」
困惑した様子で野次馬に聞くと、苦笑いしながら言われた。
「ライフセーバーの兄ちゃんが、ヤクザに金玉をやられてるんすよ」
「はぁ!?」
意味がわからんといった顔で再度山内を見る。
他の客が追加で説明してやっと理解したのか、米下を睨みつけた。

「安永さん、すんません」
「まったく、情けない」
山内の2倍近く生きてきた安永もまた、男である事には代わりない。金玉を狙われた男の苦しみや辛さは経験上よく知っていた。
部下の仕返しをしてやりたいところだが、責任者としてまず言った。

「米下とやら、帰ってもらえんだろうか。そして2度と来ないでくれ」
すんなり帰るならば許してやる。そうじゃなければ相手になる。そんな意味を込めて言った。

「なかなかバルキーなオヤジやんけ。そいつの代わりに金玉を何発か蹴らせてくれるんやったら帰ってもええぞ」
「俺のタマだと?」
「ああ、あんたの悶え姿は面白そうだ」
「おい、お前。金的に興味があるんか?」
「金的?ああそうだ。蹴られたくなかったらかかってこいよ」
「話し合いじゃ無理か。俺が代わりに相手してやる」

突如現れた競パン姿の筋肉親父に、周りの野次馬たちも盛り上がる。

「いけー!!やれーー!!」
そんな迫力とは反対に、店員たちは呆然と見る他なかった。

「気をつけてください。あいつ股間ばかり狙って来ます」
俺を舐めるな。山内に自信に満ちた顔をみせて、大きな背中を向けた。

安永は相手を見据えると、深く息を吐いた。そして一直線に向かった。

勝負は一瞬だった。

場慣れしている米下に対して、正面突破は愚策と思われたが、違った。

安永は手のひらの中にある砂を米下めがけてぶちまけた。
辺りに砂が飛び散り、視界を奪う。相手が怯んだのを安永は見逃さなかった。
その隙に背後に回り、米下の片腕を掴んで捻り上げた。
「あががぁ…」

米下の悲鳴が響く。

一瞬の出来事に、砂を浴びた周りの野次馬たちも目を丸くした。

そのまま米下を壁に押さえつけてしまった。
「どうや」と言わんばかりに山内たちを見る。
「元々は警察してたからな。チンピラの扱いには慣れとる」

一瞬にしてチンピラを制圧したライフセーバーに、野次馬たちは遅れて拍手を送った。

そのまま腕を締め上げていくと、米下は悲鳴をあげた。

「お、折れる……」
「さっきは俺に金的食らわせたいとか言っとったな」
「う、ぅぅ」
「まだ思っとるんか?ぇえ!?」
「ぐ、ぐぉ!!」

安永がさらに腕を押さえつけると、米下は必死の形相で身体を浮かせて痛みに耐えた。

顔に青筋が立って、辛そうにしている。
「はなせ、絶対に許さんで」
安永は余裕の表情で後ろから静かに怒りを見せた。
「なるほど、反省がたらんようだな」

安永はそう言って空いた片方の手を安永の腰あたりに伸ばすと、そのまま、米下の股間を握った。

「ま、まて。そこは…」
「さっきから金玉がどうとか言ってたな。自分でやられる気分はどうだ」

急所を掌握されて、米下はすっかり大人しくなった。安永が握力を徐々に強めていくと、米下の顔面が蒼白になり、力が抜けていった。

「どうする?まだやるか?警察が来るまでお前の金玉をいたぶってもいいんだぞ?」」
「わ、わかった。今回は大人しく引き下がるわ」

壁から引き剥がして、腕を掴んだまま出口方向へ押し離す。

「これに懲りたら二度とくんなよ」

米下は腕を押さえながら、憎しみを込めて安永を睨みつけた。

「おい、宮崎。出直しや。覚えとけよ」

捨て台詞を吐いて店を出て行った。

米下が居なくなったことで店内の緊張が解けた。
そして自然と拍手が安永を讃える。

山内から見た安永の後ろ姿は、誇らしげだった。


<1-2.米下再び|一 覧|2-1.挫折と特訓>

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